私達の病院の歴史は、1875年(明治8年)6月に、福岡柳川藩の御典医だった高木文章が「十善寺病院」を現在地のすぐ近くに創設した時点にさかのぼります。日本初の洋式病院「小島療養所」はオランダ商館医シーボルトらによって1861年に設立されましたが、この西洋医学発祥の地に接近して十善寺病院の光輝ある発祥の歴史も始まったと申しても過言ではありません。その後、多くの曲折を経て1958年(昭和33年)5月に現在の「社会福祉法人十善会 十善会病院」になり、救急から在宅まで広汎な分野で長崎の地域医療の中核を担う役目を果たしています。
1945年(昭和20年)8月9日の十数万人に及ぶ被災者をだした原爆投下の悲劇に際しても本院は直接被爆を逃れた唯一の収容施設として、数ヶ月に亘って昼夜の別けなく治療に従事した。医師看護師諸兄姉の大活躍が涙と共に語り伝えられています。
現在も民間病院には珍しい救急医療功労者として厚生労働大臣より表彰(平成18年度「救急医療功労者厚生労働大臣表彰」)を受けています。原爆被災時からの伝統が生きているとも申せましょう。
これからも全職員一丸となって「救急から在宅まで」を目標に、当病院の歴史的使命を果たすため地域住民の保健・医療・福祉の向上に貢献していこうと話し合っています。
医療は日進月歩進化していますが、私たちの病院は早期から脳外科を創設したり、CT・MRIを導入したりして、進取の気鋭を持って日々努力しています。病院診療の特徴としては、救急医療を中心としていることでしょう。患者様のために365日24時間体制で診療を続けております。救急車受け入れ台数は長崎県下で2番目に多く年間2200台を数えており、救急患者受入れに貢献したとして厚生労働大臣より表彰していただきました。
一口に救急医療を中心にしているとはいいますが、昨今の厳しい医療情勢の中、医師、看護師不足にも悩まされ、病院経営にも影響を受けています。しかし、病気、事故の発生に待ったはありません。病気を治し、患者さんを少しでも安楽にすることが医療従事者の使命であります。医療従事者としてこの厳しい状況に耐えていこうと、職員一同気を高くしています。
時には不測のことが起こりご迷惑をおかけすることもあると存じますが、一生懸命がんばっておりますので、よろしくお願い致します。